*All archives* |  *Admin*

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
はじめに
 私はかつて、愚かな人生を生きてきました。それは「畳の上では死ねない生き方」と親しい人から言われてしまうほどです。ですから私は大学さえ出ておりません。
 そんな愚かな私が第45回衆議院選挙に出馬いたしました。はっきり言って世も末です。
 しかし北朝鮮の核開発が進み、そして中国の覇権主義は迫っていて、日本にとって今という時代はまさしく国難の時です。そうであるというのに多くの方々が、かつての私と同様に、その国難に気づくことなく、政治に対してあまり関心がありません。
 ですから私は、たとえおろかな過去を持とうとも、批判も誹謗中傷も全て覚悟の上で、勇気を持って出馬いたしました。
 今、若者のあいだには、政治に対して真剣であることが「恥ずかしい」と感じられてしまう風潮さえあります。悲しいことではありますが、「政治に熱い志を持っている」と言うと、「なにアンタ一人で熱くなっちゃってるの?アンタ馬鹿じゃねぇか?」と、そう鼻で笑われてしまうそんな時代なのです。
 ですから選挙に立候補して、候補者が必死に演説を行って、政策や考えを訴えたところで、町行く人はなかなか聞いてもくれません。そうしたことから、政治家を目指す人々は、朝は駅に立って「行ってらっしゃいませ!」、夕方も駅に立って「お帰りなさいませ」と挨拶して、まるでご主人様に対するメイドのように、ただ町行く人々に深く頭を下げて挨拶していることがよくあります。
 しかし政治家を目指す者が有権者に何も政策を訴えることなく、まるでメイドのように挨拶するその光景を、何とも異様に感じてしまうのは決して私一人だけではないでしょう。
 選挙期間中、私も政策や自分の考えていることを有権者の方々に知ってもらおうと必死に声を張り上げました。
 公示後は朝八時から夜八までスピーカーを使って選挙活動が行えます。ですからなるべく通勤客の多い駅を、他の候補者たちと場所取り合戦を行い、そして場所取りに勝つと、候補者は演説が行えるわけです。
 たまに拡声器がハウリングしてしまい、甲高い機械音が眠気まなこのサラリーマンの鼓膜に突き刺さり、彼らを叩き起こす珍事も度々ありましたが、もちろん朝早くから大声を出せば迷惑なので、朝は駅などの広場であっても、なるべく柔らかいトーンで控え目に訴える配慮も忘れません。
 しかし昼間であろうが、夕方であろうが、私が必死に政策を訴えても、耳を塞いで通り過ぎる人もいれば、睨み付けて通り過ぎる人もいれば、「うるせぇ!黙れ!」などと、野次を飛ばしてくる人さえたくさんいました。
 今、政治の世界が腐敗しているために、政治家という仕事に対して、「世俗的で醜いもの」というイメージを抱いている方はどうやら多いようです。
 その為に、私が少しでもこの国を良くしようと、必死に声を荒げて訴えるほど、有権者からは「どうせ自分のために頑張っているんだろ?」と思われてしまい、その声は「バナナの叩き売り」か何かと勘違いされてしまうわけです。
 しかし私は決して渥美清演じるフーテンの寅さんではありません。私は少しでも国を良くしようと政策を訴えているのであって、「やけのやんぱち日焼けのなすび、色が黒くて噛み付きたいが、私ゃ入れ歯で歯が立たないよ」と、口上を立ててヤケクソでバナナを売りさばいているわけじゃあないのです。
 本来の政治という仕事は、「この国に生まれて良かった」と、国民が心からそう思える国造りをすることであり、国民が自分の国に誇りを持てる時代を築いていくことがその使命です。
 ですから政治に対して真剣になることは、本来は決して恥ずかしいことなどでは全くありません。むしろ「恥ずかしい」と感じてしまう世の中こそ、本当は恥ずかしいことなのではないでしょうか?
 それはつまり、変わらなければならないのは政治でありますが、しかし政治を変えるためには、まずは私たち国民の政治に対する意識こそ変わらなければならない、ということです。
 今、最も求められるべきものは、私たち国民の意識の改革であり、精神革命なのです。
 私の選挙結果は惨敗でしたが、今回の選挙で私が感じたこと、気づいたこと、そしてこれまで私が考えてきたことなど述べていきたいと思います。

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

リンク
プロフィール

与国秀行

Author:与国秀行
 少年時代は愚かなことに派手に街で暴れ回っておりました。
 高校卒業後は、本を片手に北は山形から南は沖縄まで、アルバイトをしながら日本各地を放浪し、独自の学習と経験を積み重ねました。
 東京に戻り、父親が経営する飲食店を援助しますが、バブル崩壊によって倒産、アルマーニしか着ない成金生活から、一気に貧乏生活に急落しました。
 一時は原付のヘルメット入れに荷物を入れて、親戚の家を泊まり歩く、半分ホームレス生活となりました。
 やがてネズミが這い回るラーメン屋の倉庫で寝泊りし、皮パンを食い破られる生活も経験しました。
 ボランティア団体で障害を持たれた方々に奉仕活動をしながら、ラーメン屋を営み、一時はマスコミで騒がれる人気店となるものの自ら閉店いたしました。
 それまでは物事の善悪が分からずに暴れまわり、そして「男として生きるならば強くなければならない、そして強い男とは肉体的に強いのであり、それは喧嘩にも負けない男だ」などと、誰に教わるでもなくそんな価値観に染まり、いつしか自分自身を見失っていました。
 しかし「幸福の科学」という新興仏教に出会い、己の心と向き合い、そして闘うことで、私は人生を悔い改め始めたのです。
 そして結婚を機にかつての「谷山」という悪名を捨て、「与国」と名乗り、今では全く異なる人生を歩んでおります。
 かつては他人のことを思うことがあっても、それは憎しみ、妬み、怒りなどばかりで、人から見られたら恥ずかしい想いで一杯でしたが、しかし仏教による心の学習を積み重ねていくことで、いつしか私は「心穏やかな普通の暮らし」を手にしていたのです。
 しかしそれでも世の中を見渡してみると、間違った宗教が世に蔓延り、そしてそうした間違った宗教が、これまで社会的事件さえ犯してきたために、「宗教が人間教育の原点である」ということが忘れられて、人々は「宗教」という言葉を耳にするだけで逃げていきます。
 そして親殺し、子殺し、猟奇的殺人、無差別殺人など、心の貧しい殺伐とした時代が続くどころか、毎年、毎年、少しずつ時代は酷くなっています。
 そしてそんな悲しい時代の流れの中で、「悟り」という苦しみを断ち切る刃を持つことができずに、心苦しまれている方で世の中は溢れかえっていますし、かつての私の様に畳の上で死ねないような生き方をしている人もたくさんいます。
 しかも悟りを与えるべき坊主どもは、相変わらず冠婚葬祭や観光事業にばかり精を出して、本来の仕事を忘れています。
 こうした乱世を目の当たりにして、私は「これまで学んできた心の話を書いて、少しでも乱れた世を鎮めようとよう」という想い立ちます。
 しかし無名な人間がいくら心について書いたところで、抹香臭い宗教的な話など誰も見向きしてはくれず、乱世は激しさを増すばかりです。
 その一方で年末になれば、テレビでは格闘技ばかり放送しています。
 私たち人間が幸せに生きていくためには、正しい心について学び、そして自らの心に目を向けて闘うことであるというのに、しかし世の中から心の闘いは忘れ去られて、「他人の肉体の戦いに目を向ける」という格闘技ばかりが流行しているわけです。
 そこで私は格闘技には一切興味も関心もなかったのですが、宗教とは真逆に位置する格闘技の試合にあえて出場しました。
 ・「ジ アウトサイダー」
 ・シュートボクシングの試合
 それはブログなどで宗教に対する誤解や偏見を取り除く文章を書いて、多くの人々に読んでもらい、ほんの少しでもこの日本に深く根付いた宗教アレルギーを取り除く為です。
 試合結果は共に胸骨や肋骨が折れ、惨敗するものの、しかしこうした試合を切っ掛けにブログのアクセス数を伸ばし、雑誌等にインタビューや手記を載せて、現在は少しだけ受け入れてもらうことになりました。
 そして2009年5月、幸福実現党が立党され、私は自分の哀れな過去に対する罪悪感から、一度は「やめよう」と思うものの、しかし「今は国難の時であり、放っておいたら誰もやってくれない」と、批判も誹謗中傷も覚悟の上で出馬を決意しました。
 なぜなら宗教に対するアレルギーを取り除こうとしているうちに、いつしか私は中国の覇権主義が迫ってきていることを知り、そして北朝鮮の核兵器の実験が起こったからです。
 ですから私も最初から政治に対して興味や関心が深かったわけではありません。
 多くの方々がそうであるように、かつての私も政治に対しては無知であり、そして平和ボケを続けていました。
 ですから「北朝鮮は恐ろしくても、やがてあの国は崩壊するだろうし、きっと中国は平和な国なのだろう」と考えて、私の興味や関心は宗教紛争にばかり向いていたのです。
 しかし学べば学ぶほどに、実は日本が平和ではなく、このままでは日本が本当に無くなってしまうかもしれないという国難であることを知ったのです。
 だからこそ第四十五回衆議院選挙に、私は東京12区から出馬したのです。
 結果は惨敗でしたが、しかし多くのことを学ばせて頂きました。
 そして選挙が終わり、妻と食事して家に帰る途中、何者か知りませんが、見知らぬ暴漢に襲われ、救急車で運ばれ、左目の視力をほとんど失ってしまいました。
 確かに私は33歳のケツの青い若造です。
 そして確かに私の左目は、もうほとんど見えません。
 しかし善と悪、贅と貧、生と死、健と病、そして俗と聖を、この左目は見てきました。
 そしてこの数年間、私は「学ぶ」ということを、遊びよりも、快楽よりも、趣味よりも、出世よりも、お金より、名誉よりも、友や両親さえよりも、何よりも上において生きてきました。
 ですからたとえ左目が閉じようとも、私の心の目にはすでに少しばかりの光が見えるのです。
 こんなもの、カスリ傷に過ぎません。
 そして私も学んでみて、初めて気がついたのですが、日本は今までに無い国難の時代を迎えています。
 ですから日本国民の皆さん、どうか政治離れをやめて下さい。
 そしてつまらない宗教アレルギーを取り去って下さい。
 そうでなければ、日本に明るい未来は絶対にありません。
 これからも私は、少しでも私が生まれてきたより、この世の中を良くするために、そして明るい未来を築いていくために、これからも命がけで闘って生きたいと思います。

カテゴリ
検索フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。