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幸せについて はじめに
 「この国に、この時代に生まれることができて良かった」と、人々がそう思えるように、国や時代を造り替えて、そしてそれと同時に平和な世界を建設していくのが、政治という仕事でありますが、では私たち人間の幸せとは果たしてなんでしょうか?
 アリストテレスは「人間の行動の全ては、幸せを求めて行われている」と述べましたが、確かに私たちは幸せになりたくて仕事をしたり、勉強したり、本を読んだり、たまには休んだり、友達とお酒を飲んだり、家族と出かけたりしているのかもしれません。
 「全ての行動が」というのは大げさな表現であるとしても、やはり「幸せになりたい」と願わない人は一人もいなくて、「多くの行動が『幸せになろう』という願いのもとに行われている」と言った表現もできるかもしれません。
 では、もう一度たずねますが、私たち人間の幸せとは果たしてなんでしょうか?
 私たち人間は、「オギャー」と断末魔にも似た産声をあげて、何も知らずに泣きながら生まれてきます。
 そのために誰もが「幸せになりたい」と願いながらも、「幸せとは何か?」ということが分からずに、どこに進めば良いのかか分からずに、地図も磁石も分からない人生という旅路の中で迷いはじめるものです。
 そのために、「きっとこの方向に突き進めば幸せがあるのだろう」と、そう思い込んで突き進み、「何かおかしい」と疑問を抱いているうちに、いつしか迷子になっていることさえあるかもしれません。
 誰もが目的地を教わり、地図を与えられ、磁石の扱い方さえ分かれば、それほど迷い苦しむこともないのでしょうが、しかし「幸せになろう」と願いつつも、泣きながら始まった人生を、泣きながら歩む人も少なくありません。
 私たち人間が幸せな人生を生き抜いていくためには、素晴らしい人生観を持っていることが大切ですが、この話が少しでも役立てたら、私も幸いです。
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プロフィール

与国秀行

Author:与国秀行
 少年時代は愚かなことに派手に街で暴れ回っておりました。
 高校卒業後は、本を片手に北は山形から南は沖縄まで、アルバイトをしながら日本各地を放浪し、独自の学習と経験を積み重ねました。
 東京に戻り、父親が経営する飲食店を援助しますが、バブル崩壊によって倒産、アルマーニしか着ない成金生活から、一気に貧乏生活に急落しました。
 一時は原付のヘルメット入れに荷物を入れて、親戚の家を泊まり歩く、半分ホームレス生活となりました。
 やがてネズミが這い回るラーメン屋の倉庫で寝泊りし、皮パンを食い破られる生活も経験しました。
 ボランティア団体で障害を持たれた方々に奉仕活動をしながら、ラーメン屋を営み、一時はマスコミで騒がれる人気店となるものの自ら閉店いたしました。
 それまでは物事の善悪が分からずに暴れまわり、そして「男として生きるならば強くなければならない、そして強い男とは肉体的に強いのであり、それは喧嘩にも負けない男だ」などと、誰に教わるでもなくそんな価値観に染まり、いつしか自分自身を見失っていました。
 しかし「幸福の科学」という新興仏教に出会い、己の心と向き合い、そして闘うことで、私は人生を悔い改め始めたのです。
 そして結婚を機にかつての「谷山」という悪名を捨て、「与国」と名乗り、今では全く異なる人生を歩んでおります。
 かつては他人のことを思うことがあっても、それは憎しみ、妬み、怒りなどばかりで、人から見られたら恥ずかしい想いで一杯でしたが、しかし仏教による心の学習を積み重ねていくことで、いつしか私は「心穏やかな普通の暮らし」を手にしていたのです。
 しかしそれでも世の中を見渡してみると、間違った宗教が世に蔓延り、そしてそうした間違った宗教が、これまで社会的事件さえ犯してきたために、「宗教が人間教育の原点である」ということが忘れられて、人々は「宗教」という言葉を耳にするだけで逃げていきます。
 そして親殺し、子殺し、猟奇的殺人、無差別殺人など、心の貧しい殺伐とした時代が続くどころか、毎年、毎年、少しずつ時代は酷くなっています。
 そしてそんな悲しい時代の流れの中で、「悟り」という苦しみを断ち切る刃を持つことができずに、心苦しまれている方で世の中は溢れかえっていますし、かつての私の様に畳の上で死ねないような生き方をしている人もたくさんいます。
 しかも悟りを与えるべき坊主どもは、相変わらず冠婚葬祭や観光事業にばかり精を出して、本来の仕事を忘れています。
 こうした乱世を目の当たりにして、私は「これまで学んできた心の話を書いて、少しでも乱れた世を鎮めようとよう」という想い立ちます。
 しかし無名な人間がいくら心について書いたところで、抹香臭い宗教的な話など誰も見向きしてはくれず、乱世は激しさを増すばかりです。
 その一方で年末になれば、テレビでは格闘技ばかり放送しています。
 私たち人間が幸せに生きていくためには、正しい心について学び、そして自らの心に目を向けて闘うことであるというのに、しかし世の中から心の闘いは忘れ去られて、「他人の肉体の戦いに目を向ける」という格闘技ばかりが流行しているわけです。
 そこで私は格闘技には一切興味も関心もなかったのですが、宗教とは真逆に位置する格闘技の試合にあえて出場しました。
 ・「ジ アウトサイダー」
 ・シュートボクシングの試合
 それはブログなどで宗教に対する誤解や偏見を取り除く文章を書いて、多くの人々に読んでもらい、ほんの少しでもこの日本に深く根付いた宗教アレルギーを取り除く為です。
 試合結果は共に胸骨や肋骨が折れ、惨敗するものの、しかしこうした試合を切っ掛けにブログのアクセス数を伸ばし、雑誌等にインタビューや手記を載せて、現在は少しだけ受け入れてもらうことになりました。
 そして2009年5月、幸福実現党が立党され、私は自分の哀れな過去に対する罪悪感から、一度は「やめよう」と思うものの、しかし「今は国難の時であり、放っておいたら誰もやってくれない」と、批判も誹謗中傷も覚悟の上で出馬を決意しました。
 なぜなら宗教に対するアレルギーを取り除こうとしているうちに、いつしか私は中国の覇権主義が迫ってきていることを知り、そして北朝鮮の核兵器の実験が起こったからです。
 ですから私も最初から政治に対して興味や関心が深かったわけではありません。
 多くの方々がそうであるように、かつての私も政治に対しては無知であり、そして平和ボケを続けていました。
 ですから「北朝鮮は恐ろしくても、やがてあの国は崩壊するだろうし、きっと中国は平和な国なのだろう」と考えて、私の興味や関心は宗教紛争にばかり向いていたのです。
 しかし学べば学ぶほどに、実は日本が平和ではなく、このままでは日本が本当に無くなってしまうかもしれないという国難であることを知ったのです。
 だからこそ第四十五回衆議院選挙に、私は東京12区から出馬したのです。
 結果は惨敗でしたが、しかし多くのことを学ばせて頂きました。
 そして選挙が終わり、妻と食事して家に帰る途中、何者か知りませんが、見知らぬ暴漢に襲われ、救急車で運ばれ、左目の視力をほとんど失ってしまいました。
 確かに私は33歳のケツの青い若造です。
 そして確かに私の左目は、もうほとんど見えません。
 しかし善と悪、贅と貧、生と死、健と病、そして俗と聖を、この左目は見てきました。
 そしてこの数年間、私は「学ぶ」ということを、遊びよりも、快楽よりも、趣味よりも、出世よりも、お金より、名誉よりも、友や両親さえよりも、何よりも上において生きてきました。
 ですからたとえ左目が閉じようとも、私の心の目にはすでに少しばかりの光が見えるのです。
 こんなもの、カスリ傷に過ぎません。
 そして私も学んでみて、初めて気がついたのですが、日本は今までに無い国難の時代を迎えています。
 ですから日本国民の皆さん、どうか政治離れをやめて下さい。
 そしてつまらない宗教アレルギーを取り去って下さい。
 そうでなければ、日本に明るい未来は絶対にありません。
 これからも私は、少しでも私が生まれてきたより、この世の中を良くするために、そして明るい未来を築いていくために、これからも命がけで闘って生きたいと思います。

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