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仏神から与えられた試練
 もしも私たち人間が、皆、同じ言葉を話し、同じ肌の色をしていて、同じ文化で育ち、同じ宗教を信じていたとしたら、世界には簡単に平和が訪れているのかもしれません。しかし残念なことにそのようになってはおらす、人類には異なる民族や人種や宗教が存在し、そして時には戦争さえ起きています。
 平和な世界を夢見る時、「民族」や「人種」や「宗教」というものが大きな鍵を握っていることは、誰にでもわかることでしょうが、しかしこの「民族」や「人種」や「宗教」という問題は、真理を突き詰めていけばいくほど、もしかしたら実はそれほど難しい問題ではないのかもしれません。
 聖書にこんな話があります。
 かつて人々は協力し合って、高い塔を築き上げて、天にまで届かせようとしていました。その様子を見て、神様はこう言ったそうです。
「そんなことを人間が簡単に出来てしまうのは、人々の言葉が同じあり、心が通じ合うからだ。
 ならば、人々の言葉をバラバラにしてしまおう」
 そして神様によって、人々の言葉がバラバラになってしまうと、塔の建設は出来なくなりました。この話は、こうして人間には神様から「厳しい試練」が与えられたという物語です。
 今現在、民族同士の間には壁があります。人種同士の間にも壁があるのかもしれません。また宗教同士の間にも、やはり壁があると言えるでしょう。
 この「壁」が何かと言えば、それは「自分」と「他人」を分け隔てる心であり、あるいは「我ら」と「彼ら」を分け隔てる想いであり、それは言い換えるならば、他民族、他人種、他宗教を「阻害する意識」であるとも言えるのではないでしょうか。
 この阻害意識という「壁」を持つことによって、ある民族は他の民族を分け隔て迫害し、ある人種は他の人種を分け隔て差別し、ある宗教を信じる人々は他の宗教を信じる人々を分け隔て弾圧し、時には戦争さえ起こしているのかもしれません。
 しかしそれは、仏神から人類に与えられた、厳しい試練なのかもしれません。
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プロフィール

与国秀行

Author:与国秀行
 少年時代は愚かなことに派手に街で暴れ回っておりました。
 高校卒業後は、本を片手に北は山形から南は沖縄まで、アルバイトをしながら日本各地を放浪し、独自の学習と経験を積み重ねました。
 東京に戻り、父親が経営する飲食店を援助しますが、バブル崩壊によって倒産、アルマーニしか着ない成金生活から、一気に貧乏生活に急落しました。
 一時は原付のヘルメット入れに荷物を入れて、親戚の家を泊まり歩く、半分ホームレス生活となりました。
 やがてネズミが這い回るラーメン屋の倉庫で寝泊りし、皮パンを食い破られる生活も経験しました。
 ボランティア団体で障害を持たれた方々に奉仕活動をしながら、ラーメン屋を営み、一時はマスコミで騒がれる人気店となるものの自ら閉店いたしました。
 それまでは物事の善悪が分からずに暴れまわり、そして「男として生きるならば強くなければならない、そして強い男とは肉体的に強いのであり、それは喧嘩にも負けない男だ」などと、誰に教わるでもなくそんな価値観に染まり、いつしか自分自身を見失っていました。
 しかし「幸福の科学」という新興仏教に出会い、己の心と向き合い、そして闘うことで、私は人生を悔い改め始めたのです。
 そして結婚を機にかつての「谷山」という悪名を捨て、「与国」と名乗り、今では全く異なる人生を歩んでおります。
 かつては他人のことを思うことがあっても、それは憎しみ、妬み、怒りなどばかりで、人から見られたら恥ずかしい想いで一杯でしたが、しかし仏教による心の学習を積み重ねていくことで、いつしか私は「心穏やかな普通の暮らし」を手にしていたのです。
 しかしそれでも世の中を見渡してみると、間違った宗教が世に蔓延り、そしてそうした間違った宗教が、これまで社会的事件さえ犯してきたために、「宗教が人間教育の原点である」ということが忘れられて、人々は「宗教」という言葉を耳にするだけで逃げていきます。
 そして親殺し、子殺し、猟奇的殺人、無差別殺人など、心の貧しい殺伐とした時代が続くどころか、毎年、毎年、少しずつ時代は酷くなっています。
 そしてそんな悲しい時代の流れの中で、「悟り」という苦しみを断ち切る刃を持つことができずに、心苦しまれている方で世の中は溢れかえっていますし、かつての私の様に畳の上で死ねないような生き方をしている人もたくさんいます。
 しかも悟りを与えるべき坊主どもは、相変わらず冠婚葬祭や観光事業にばかり精を出して、本来の仕事を忘れています。
 こうした乱世を目の当たりにして、私は「これまで学んできた心の話を書いて、少しでも乱れた世を鎮めようとよう」という想い立ちます。
 しかし無名な人間がいくら心について書いたところで、抹香臭い宗教的な話など誰も見向きしてはくれず、乱世は激しさを増すばかりです。
 その一方で年末になれば、テレビでは格闘技ばかり放送しています。
 私たち人間が幸せに生きていくためには、正しい心について学び、そして自らの心に目を向けて闘うことであるというのに、しかし世の中から心の闘いは忘れ去られて、「他人の肉体の戦いに目を向ける」という格闘技ばかりが流行しているわけです。
 そこで私は格闘技には一切興味も関心もなかったのですが、宗教とは真逆に位置する格闘技の試合にあえて出場しました。
 ・「ジ アウトサイダー」
 ・シュートボクシングの試合
 それはブログなどで宗教に対する誤解や偏見を取り除く文章を書いて、多くの人々に読んでもらい、ほんの少しでもこの日本に深く根付いた宗教アレルギーを取り除く為です。
 試合結果は共に胸骨や肋骨が折れ、惨敗するものの、しかしこうした試合を切っ掛けにブログのアクセス数を伸ばし、雑誌等にインタビューや手記を載せて、現在は少しだけ受け入れてもらうことになりました。
 そして2009年5月、幸福実現党が立党され、私は自分の哀れな過去に対する罪悪感から、一度は「やめよう」と思うものの、しかし「今は国難の時であり、放っておいたら誰もやってくれない」と、批判も誹謗中傷も覚悟の上で出馬を決意しました。
 なぜなら宗教に対するアレルギーを取り除こうとしているうちに、いつしか私は中国の覇権主義が迫ってきていることを知り、そして北朝鮮の核兵器の実験が起こったからです。
 ですから私も最初から政治に対して興味や関心が深かったわけではありません。
 多くの方々がそうであるように、かつての私も政治に対しては無知であり、そして平和ボケを続けていました。
 ですから「北朝鮮は恐ろしくても、やがてあの国は崩壊するだろうし、きっと中国は平和な国なのだろう」と考えて、私の興味や関心は宗教紛争にばかり向いていたのです。
 しかし学べば学ぶほどに、実は日本が平和ではなく、このままでは日本が本当に無くなってしまうかもしれないという国難であることを知ったのです。
 だからこそ第四十五回衆議院選挙に、私は東京12区から出馬したのです。
 結果は惨敗でしたが、しかし多くのことを学ばせて頂きました。
 そして選挙が終わり、妻と食事して家に帰る途中、何者か知りませんが、見知らぬ暴漢に襲われ、救急車で運ばれ、左目の視力をほとんど失ってしまいました。
 確かに私は33歳のケツの青い若造です。
 そして確かに私の左目は、もうほとんど見えません。
 しかし善と悪、贅と貧、生と死、健と病、そして俗と聖を、この左目は見てきました。
 そしてこの数年間、私は「学ぶ」ということを、遊びよりも、快楽よりも、趣味よりも、出世よりも、お金より、名誉よりも、友や両親さえよりも、何よりも上において生きてきました。
 ですからたとえ左目が閉じようとも、私の心の目にはすでに少しばかりの光が見えるのです。
 こんなもの、カスリ傷に過ぎません。
 そして私も学んでみて、初めて気がついたのですが、日本は今までに無い国難の時代を迎えています。
 ですから日本国民の皆さん、どうか政治離れをやめて下さい。
 そしてつまらない宗教アレルギーを取り去って下さい。
 そうでなければ、日本に明るい未来は絶対にありません。
 これからも私は、少しでも私が生まれてきたより、この世の中を良くするために、そして明るい未来を築いていくために、これからも命がけで闘って生きたいと思います。

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