*All archives* |  *Admin*

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
まず思想ありき
 中国や北朝鮮という国は、相変わらず共産思想という病にかかっています。マルクスの思想が暴力を肯定し、その一方で霊魂と宗教を否定しているために、どうもこの思想にかかって国が築かれてしまうと、平然と暴力を行使する独裁体制が築かれてしまうようです。
 そして中国や北朝鮮は、中華思想や主体思想という病にもかかることで、その暴力独裁体制をますます悪化させております。
 「中国こそ世界の中心であり、漢民族こそ最も優れている民族であり、他の民族は全て劣っている」というこの中華思想のどこが間違っているのかと言えば、それは「民族や国家というものを平等に公平にみていない」ということです。私たち人間一人一人は平等で、そして公平でありますから、どこの民族が優れているということも無ければ、どこの民族が劣っているということもなく、ある国が世界の中心であるということも当然ありえないわけですが、この中華思想は他の国家や他の民族を、平然と差別しているわけです。
 あるいは「将軍様こそ国家の頭であり、政党は胴体であり、国民は手足であり、将軍様には絶対に従わなければならない」という主体思想のどこが間違っているのかと言えば、これはもはや語るまでもありませんが、それは「一人一人の人間を公平に平等にみていない」ということです。
 このように中華思想には、国家と民族に対して、主体思想には人間に対して、公平に平等にみておらず差別があり、どちらも共に真理の目から眺めて間違っているわけです。
 マルクス思想による暴力独裁体制だけであるならば、ソ連やカンボジアのようにやがて崩壊していくのでしょうが、しかし中華思想や主体思想といった思想によって、国家に一つの方向性が生まれてしまうことで、中国や北朝鮮は間違った道を突き進んでしまっているのかもしれません。
 ですから現在の中国や北朝鮮は、本来の自分たちの国のあり方を見失い、平和的な国とは到底言えなくなっているわけです。
 しかし当然ながら中国に生きる人々も、北朝鮮に生きる人々も、そして日本に生きる私たちも、ともに同じ人間であります。では何が間違っているのかと言えば、それは国を築き上げている思想が、真理的に見て明らかに間違っているのです。
 マルクス思想、中華思想、主体思想こそに問題があるわけです。
 そのために間違った国家精神が築かれてしまい、そしてその結果、平和的な国家運営が行われていないわけです。
 つまり実は「思想」というものが「精神」を築き、そして「精神」から「行動」が生まれているわけです。
 それは人間個人においても、国家においても言えることです。
 その人が持っている物事の考え方や思想が、その人の精神を築いているのです。そしてその人の精神がその人の行動を生んでいるのです。
 あるいはその国家を築き上げている思想や考え方が、その国の国家精神というものを築き上げているのです。そしてその国家精神によって国家運営が行われているのです。
 かつて日本には、神道を中心に仏教や儒教を取り入れながら築かれた、「大和思想」とも言えるものがありました。それは言葉によって明確に語られることは、なかなかありませんでしたが、日本独自の考え方や思想があったのです。
 そしてそうした日本独特の思想が、大和魂という精神を築き、そしてその精神が国家や人々を動かしたのです。
 聖書に「最初に言葉ありき」という有名な言葉がありますが、まず最初に言葉による思想があるのです。そして精神が生まれ、行動が起きていくのです。
スポンサーサイト
リンク
プロフィール

与国秀行

Author:与国秀行
 少年時代は愚かなことに派手に街で暴れ回っておりました。
 高校卒業後は、本を片手に北は山形から南は沖縄まで、アルバイトをしながら日本各地を放浪し、独自の学習と経験を積み重ねました。
 東京に戻り、父親が経営する飲食店を援助しますが、バブル崩壊によって倒産、アルマーニしか着ない成金生活から、一気に貧乏生活に急落しました。
 一時は原付のヘルメット入れに荷物を入れて、親戚の家を泊まり歩く、半分ホームレス生活となりました。
 やがてネズミが這い回るラーメン屋の倉庫で寝泊りし、皮パンを食い破られる生活も経験しました。
 ボランティア団体で障害を持たれた方々に奉仕活動をしながら、ラーメン屋を営み、一時はマスコミで騒がれる人気店となるものの自ら閉店いたしました。
 それまでは物事の善悪が分からずに暴れまわり、そして「男として生きるならば強くなければならない、そして強い男とは肉体的に強いのであり、それは喧嘩にも負けない男だ」などと、誰に教わるでもなくそんな価値観に染まり、いつしか自分自身を見失っていました。
 しかし「幸福の科学」という新興仏教に出会い、己の心と向き合い、そして闘うことで、私は人生を悔い改め始めたのです。
 そして結婚を機にかつての「谷山」という悪名を捨て、「与国」と名乗り、今では全く異なる人生を歩んでおります。
 かつては他人のことを思うことがあっても、それは憎しみ、妬み、怒りなどばかりで、人から見られたら恥ずかしい想いで一杯でしたが、しかし仏教による心の学習を積み重ねていくことで、いつしか私は「心穏やかな普通の暮らし」を手にしていたのです。
 しかしそれでも世の中を見渡してみると、間違った宗教が世に蔓延り、そしてそうした間違った宗教が、これまで社会的事件さえ犯してきたために、「宗教が人間教育の原点である」ということが忘れられて、人々は「宗教」という言葉を耳にするだけで逃げていきます。
 そして親殺し、子殺し、猟奇的殺人、無差別殺人など、心の貧しい殺伐とした時代が続くどころか、毎年、毎年、少しずつ時代は酷くなっています。
 そしてそんな悲しい時代の流れの中で、「悟り」という苦しみを断ち切る刃を持つことができずに、心苦しまれている方で世の中は溢れかえっていますし、かつての私の様に畳の上で死ねないような生き方をしている人もたくさんいます。
 しかも悟りを与えるべき坊主どもは、相変わらず冠婚葬祭や観光事業にばかり精を出して、本来の仕事を忘れています。
 こうした乱世を目の当たりにして、私は「これまで学んできた心の話を書いて、少しでも乱れた世を鎮めようとよう」という想い立ちます。
 しかし無名な人間がいくら心について書いたところで、抹香臭い宗教的な話など誰も見向きしてはくれず、乱世は激しさを増すばかりです。
 その一方で年末になれば、テレビでは格闘技ばかり放送しています。
 私たち人間が幸せに生きていくためには、正しい心について学び、そして自らの心に目を向けて闘うことであるというのに、しかし世の中から心の闘いは忘れ去られて、「他人の肉体の戦いに目を向ける」という格闘技ばかりが流行しているわけです。
 そこで私は格闘技には一切興味も関心もなかったのですが、宗教とは真逆に位置する格闘技の試合にあえて出場しました。
 ・「ジ アウトサイダー」
 ・シュートボクシングの試合
 それはブログなどで宗教に対する誤解や偏見を取り除く文章を書いて、多くの人々に読んでもらい、ほんの少しでもこの日本に深く根付いた宗教アレルギーを取り除く為です。
 試合結果は共に胸骨や肋骨が折れ、惨敗するものの、しかしこうした試合を切っ掛けにブログのアクセス数を伸ばし、雑誌等にインタビューや手記を載せて、現在は少しだけ受け入れてもらうことになりました。
 そして2009年5月、幸福実現党が立党され、私は自分の哀れな過去に対する罪悪感から、一度は「やめよう」と思うものの、しかし「今は国難の時であり、放っておいたら誰もやってくれない」と、批判も誹謗中傷も覚悟の上で出馬を決意しました。
 なぜなら宗教に対するアレルギーを取り除こうとしているうちに、いつしか私は中国の覇権主義が迫ってきていることを知り、そして北朝鮮の核兵器の実験が起こったからです。
 ですから私も最初から政治に対して興味や関心が深かったわけではありません。
 多くの方々がそうであるように、かつての私も政治に対しては無知であり、そして平和ボケを続けていました。
 ですから「北朝鮮は恐ろしくても、やがてあの国は崩壊するだろうし、きっと中国は平和な国なのだろう」と考えて、私の興味や関心は宗教紛争にばかり向いていたのです。
 しかし学べば学ぶほどに、実は日本が平和ではなく、このままでは日本が本当に無くなってしまうかもしれないという国難であることを知ったのです。
 だからこそ第四十五回衆議院選挙に、私は東京12区から出馬したのです。
 結果は惨敗でしたが、しかし多くのことを学ばせて頂きました。
 そして選挙が終わり、妻と食事して家に帰る途中、何者か知りませんが、見知らぬ暴漢に襲われ、救急車で運ばれ、左目の視力をほとんど失ってしまいました。
 確かに私は33歳のケツの青い若造です。
 そして確かに私の左目は、もうほとんど見えません。
 しかし善と悪、贅と貧、生と死、健と病、そして俗と聖を、この左目は見てきました。
 そしてこの数年間、私は「学ぶ」ということを、遊びよりも、快楽よりも、趣味よりも、出世よりも、お金より、名誉よりも、友や両親さえよりも、何よりも上において生きてきました。
 ですからたとえ左目が閉じようとも、私の心の目にはすでに少しばかりの光が見えるのです。
 こんなもの、カスリ傷に過ぎません。
 そして私も学んでみて、初めて気がついたのですが、日本は今までに無い国難の時代を迎えています。
 ですから日本国民の皆さん、どうか政治離れをやめて下さい。
 そしてつまらない宗教アレルギーを取り去って下さい。
 そうでなければ、日本に明るい未来は絶対にありません。
 これからも私は、少しでも私が生まれてきたより、この世の中を良くするために、そして明るい未来を築いていくために、これからも命がけで闘って生きたいと思います。

カテゴリ
検索フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。