そんな愚かな私が第45回衆議院選挙に出馬いたしました。はっきり言って世も末です。
しかし北朝鮮の核開発が進み、そして中国の覇権主義は迫っていて、日本にとって今という時代はまさしく国難の時です。そうであるというのに多くの方々が、かつての私と同様に、その国難に気づくことなく、政治に対してあまり関心がありません。
ですから私は、たとえおろかな過去を持とうとも、批判も誹謗中傷も全て覚悟の上で、勇気を持って出馬いたしました。
今、若者のあいだには、政治に対して真剣であることが「恥ずかしい」と感じられてしまう風潮さえあります。悲しいことではありますが、「政治に熱い志を持っている」と言うと、「なにアンタ一人で熱くなっちゃってるの?アンタ馬鹿じゃねぇか?」と、そう鼻で笑われてしまうそんな時代なのです。
ですから選挙に立候補して、候補者が必死に演説を行って、政策や考えを訴えたところで、町行く人はなかなか聞いてもくれません。そうしたことから、政治家を目指す人々は、朝は駅に立って「行ってらっしゃいませ!」、夕方も駅に立って「お帰りなさいませ」と挨拶して、まるでご主人様に対するメイドのように、ただ町行く人々に深く頭を下げて挨拶していることがよくあります。
しかし政治家を目指す者が有権者に何も政策を訴えることなく、まるでメイドのように挨拶するその光景を、何とも異様に感じてしまうのは決して私一人だけではないでしょう。
選挙期間中、私も政策や自分の考えていることを有権者の方々に知ってもらおうと必死に声を張り上げました。
公示後は朝八時から夜八までスピーカーを使って選挙活動が行えます。ですからなるべく通勤客の多い駅を、他の候補者たちと場所取り合戦を行い、そして場所取りに勝つと、候補者は演説が行えるわけです。
たまに拡声器がハウリングしてしまい、甲高い機械音が眠気まなこのサラリーマンの鼓膜に突き刺さり、彼らを叩き起こす珍事も度々ありましたが、もちろん朝早くから大声を出せば迷惑なので、朝は駅などの広場であっても、なるべく柔らかいトーンで控え目に訴える配慮も忘れません。
しかし昼間であろうが、夕方であろうが、私が必死に政策を訴えても、耳を塞いで通り過ぎる人もいれば、睨み付けて通り過ぎる人もいれば、「うるせぇ!黙れ!」などと、野次を飛ばしてくる人さえたくさんいました。
今、政治の世界が腐敗しているために、政治家という仕事に対して、「世俗的で醜いもの」というイメージを抱いている方はどうやら多いようです。
その為に、私が少しでもこの国を良くしようと、必死に声を荒げて訴えるほど、有権者からは「どうせ自分のために頑張っているんだろ?」と思われてしまい、その声は「バナナの叩き売り」か何かと勘違いされてしまうわけです。
しかし私は決して渥美清演じるフーテンの寅さんではありません。私は少しでも国を良くしようと政策を訴えているのであって、「やけのやんぱち日焼けのなすび、色が黒くて噛み付きたいが、私ゃ入れ歯で歯が立たないよ」と、口上を立ててヤケクソでバナナを売りさばいているわけじゃあないのです。
本来の政治という仕事は、「この国に生まれて良かった」と、国民が心からそう思える国造りをすることであり、国民が自分の国に誇りを持てる時代を築いていくことがその使命です。
ですから政治に対して真剣になることは、本来は決して恥ずかしいことなどでは全くありません。むしろ「恥ずかしい」と感じてしまう世の中こそ、本当は恥ずかしいことなのではないでしょうか?
それはつまり、変わらなければならないのは政治でありますが、しかし政治を変えるためには、まずは私たち国民の政治に対する意識こそ変わらなければならない、ということです。
今、最も求められるべきものは、私たち国民の意識の改革であり、精神革命なのです。
私の選挙結果は惨敗でしたが、今回の選挙で私が感じたこと、気づいたこと、そしてこれまで私が考えてきたことなど述べていきたいと思います。
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